どさんこカメラが

「札幌でしかできない50のこと」 全部行ってみたよ。

刺身は船盛で頼む。=てっちゃん

北海道札幌市中央区南3条西4 カミヤビル7F

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「札幌でしかできない50のこと」1番目はすすきのにある海鮮居酒屋「てっちゃん」。

 

写真の船盛は2人前ですがこのボリューム!

様々な種類の刺身がこんもり。山盛りです。

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ガイドでは船盛が取り上げられていましたが、船盛より店内がすごいインパクトです。

このお店、ビルの7階に入っているのですが、

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エレベーターがひらくと・・

 

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 いきなりこんな光景です。

入り口だけではありません。店内までみっちり。

昭和~10年くらい前のおもちゃでみっちりです。おもちゃだらけで元の壁は見当たりません。

店内のBGMも懐かしの曲。

座敷の席と、囲炉裏をカウンター風に囲む一人掛けの席があります。

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 天井からもおもちゃ。壁には、昔の漫画や俳優の雑誌の切りぬきが貼ってある。

 

一応、予約を入れて行ったんだけど、結構時間帯が埋まっていたので連絡しておくことをお勧めします。夜20時から営業。

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見てこの盛り付け方。これぞどさんこです。おおざっぱ!

隣同士くっつこうと上下重なろうとお構いなし。この下には数の子が埋まっていました。

刺身の種類は豊富で楽しい。

今回はクジラ、ホヤ、白魚などが入っていました。鮮度もよくおいしいお刺身です。

2人前を3人でつつくのがちょうどいいかと思います。まちがっても人数分頼んではいけません。

所詮刺身だし食べきれないことないだろう思っていたけど、後半はきつくなりました。

そんな人のために手巻きずしセットもあります。海苔とご飯の量もちょうどいい感じ。

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それでもダメな人は、店員さんに頼むと炒めてくれます!

当分刺身は食べたくなくなること請け合いです。

 

餃子も頼みました。

餃子は中にニンジン?がはいっていて、食感がよいです。

ちょっと辛めの味がついているので、たれをつけなくてもおいしい。

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一人掛けの席に案内されたんだけど、背もたれのない椅子で隣同士がすごく近い。

おもちゃだらけの異質な空間も相まって、おちついてお酒を呑むというよりも、

近しい人同士で濃い深い話をするような雰囲気。

しらふでは語れないことも、語っちゃったらいいんじゃない。

暗くてごちゃごちゃでちょっと気持ち悪い。でも人と近くて、がやがやしていて、酔っぱらっていくには最適の居酒屋といえるでしょう。

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綺麗に並べられた料理と堅苦しい席に飽きたら

刺身を船盛でたのんでみてもいいかもよ。

 

 

 

✳✳✳

「札幌でしかできない50のこと」残り49個はこちらからどうぞ

dosanko-camera.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒲田でしょう

2018/07/06

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お仕事で来たのでちょっと徘徊してみましょう。

京急蒲田駅近くの駐車場に車停めてぶらぶら。 

 

 

 

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いきなり素敵な佇まいのお店に遭遇。

わくわくするでしょう。 

 

 

 

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更に素晴らしい建物発見。

上がる。

 

 

 

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精神科の病院だったでしょう。

精神科の病院って、なんとなく居心地の良い雰囲気が染み付いている気がするでしょう。

 

 

 

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お目当の商店街に到着するでしょう。

 

 

 

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商店街のゲートをくぐるといきなり出会う素敵なお店。

おせんべいのショーケース素敵、欲しい。

 

 

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 店内が覗きたくなるお寿司屋さん。

 

 

 

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 上りたくなる階段。

 

 

 

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コロッケ売ってるかチェックしてしまうお肉屋さん。 

 

 

 

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晴れの日。

 

 

 

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木製の引き戸が素敵、欲しい、表具店。

 

 

 

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脇道になにやらカッチョ良い建物発見。

 

 

 

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奥に更にカッチョ良い建物発見。

 

 

 

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この秘密基地感はやばい、欲しい。

男ごころを鷲掴みでしょう。

 

 

 

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銭湯の煙突発見。

 

 

 

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タイル絵が可愛いでしょう。

銭湯好きの彼は来たことあるかな。

 

 

 

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なんだろうあの賑やかは。

 

 

 

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お店ではないっぽい。

楽しい雰囲気の中に感じる郷愁。素敵。

 

 

 

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素敵なエントランスアプローチを発見。

 

 

 

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アプローチの先は渋いアパート。 

住みたい。

 

 

 

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素敵路地。

 

 

 

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路地の先にいきなり出現、目指していた双美屋さん。

お昼食べようと思って到着したのが12時半頃、閉まってる。

たまたま休みだったのか、それとももう営業していないのだろうか。

 

 

 

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鴨居に打ち付けてある木札にも歴史を感じるでしょう。 

 

 

 

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この先はあまりお店もなさそうで、商店街の終点も見えるでしょう。

お昼どうしよう。 

 

 

 

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商店街の終点まで来たでしょう。

もうちょっと先へ行ってみましょう。

 

 

 

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なんかすごいツツジ発見。

建物の古さでツツジの華やかさが一層際立つでしょう、コントラストがすごい。

 

 

 

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またも素敵商店を発見。 

 

 

 

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この窓のとこの出っ張りが好き。たまらない。

この出っ張りはなんと呼ぶのでしょう。

 

 

 

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絵になるでしょう?

 

 

 

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商店街に戻って来て、鰻屋さんを発見。

 

 

 

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気になる。お値段もお手頃。 

しかしランチタイム12時30分までと書いてある。この時13時過ぎ。

「もう終わりですか」と聞いてみると鰻なら出来ると言ってくれたので、ではお願いします。

 

 

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 でしょう。

石焼うな重。

石焼って石焼ビビンバ的なあの石焼だったのでしょう。

 

 

 

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おこげがあるので掻き混ぜてお召し上がりください。

 

 

 

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薬味と頂くでしょう。

 

 

 

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最後はだし汁掛けて頂くひつまぶしシステム。

美味しいだし汁とおこげの香ばしさが相まって最高かよ。

ご馳走様でしょうでした。

 

 

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駅近くの駐車場へ戻る途中、タイルの屋号がかわいい閉店したお豆腐屋さんを発見。

 

 

 

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素敵ハウスを発見。

人住んでるのかな? 

 

 

 

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猫さんにも結構出会ったでしょう。

 

空手を始める

2018/07/06

「空手を始めたわよ!」とコロラドのパルからメールが来た。

あなたの息子くんが空手をしているのは知っていたけれど、

弟くんも始めたの?と聞くと、

「私!!」と。

なんと、彼女自身がこどもたちの空手教室を見学するたびに

空手したくなって、ついには入門したらしい。

空手といいましても、いろいろありますよね?

防具つけてするとか、防具つけないとか、寸止めとか、

きっちり痛いのとか…

姪っ子は防具なしで、寸止めではない空手を1年ほどしていた。

会うたびにすごい青あざで、

これはつい「虐待?」と聞かれない?と聞いてしまったほど。

空手をするようになったのも「男子に勝つ!」だったらしく、

目標が達成されたのか、1年で辞めたらしい。

”I broke my first wood board today!"とコロラドのパルからの

メールにあった。

「最初の木の板を割ったわよ。」と。

そういえば、スキーを始めるとかいっていたけれど、

スキー板が木製だったの?!えっ?スキー板って木製?と驚いて聞くと、

「空手よ!」と。

習って1週間かそこらで木の板を割るのか?!

空手って、そういうものなの?!とびっくりした。

アメリカで空手がブームなのか、インディアナ州のパルも

「うちのこどもたちが空手を始めたわよ!」と手紙にあった。

彼女の子どもたちもとーっても楽しそうに通っているらしい。

コロラド州のパルもインディアナ州のパルも空手の素晴らしさを

私に説く。

アメリカ人が日本人の私に空手について語るなんて…となんだか

つい笑ってしまうけれど、彼女たちは大絶賛。

「礼儀を学べるし、目上の人へのきちんとしたマナーも学ぶ。

挨拶をまず最初にしっかりと学ぶの。

それに、体を鍛えることは精神を鍛えることなのよ!」と。

すごいな、そのうち、「気合いだー!」「根性だー!」と言い出しそうで

ちょっと怖いほどですけれど、それ以外にもさすがママさんたち、

冷静に空手を見ていた。

「とーっても地味な練習で、続けることが大切。

こつこつとちょっとずつ上達することを子どもたちは学んでいるわ。」と

二人のママさんが口を揃えて言っていた。

子ども時代に、なにかコツコツとしてほしい、その気持ちはわかる。

我が家は空手ではなく、ピアノですが。

発表会だけ見ると華やかなピアノですが、基本の練習は地味で、

面白くなくて、うまくなったんだか、なってないんだかわからない日々です。

我が家の子どもたちのピアノの先生はピアノをマラソンに例えていた。

「スタートダッシュもラストスパートもいらない。

自分のペースで自分のゴールを目指すのよ。」と。

うまいこと言うなぁ~と思った。

うちのこたちはピアノでマラソン、彼女たちのこどもたちは空手でマラソン。

プロではなくても、彼らなりのゴールを見つけてほしい。

上の息子には空手、下の妹ちゃんにはダンスと習い事に熱心なコロラドのパル、

「あなたの子ども時代も習い事いっぱいしていたの?」と聞くと、

彼女は経済的に恵まれていない環境だったため、何もできなかったらしい。

"I want my kids to enjoy the oppotunities I never had."

(うちのこたちには、私ができなかった習い事を楽しんでほしいのよ)。

空手で木を割ってから満身創痍で、体中が痛いらしいけれど、

彼女は本当にいいお母さんだなぁ~と感心する。

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松下のWonderLinkに移るのでOCNモバイルONEは解約である。
検索すると書いてあるが注意点は「全サービス」「今月末」を選ぶことだという。

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SIMカードも「返却した方がいい」とあるのだが、違約がないらしい。というか調査と請求する手間が割に合わないのだろう。

とにもかくにも手続き終了。全般的に特に不満はなかった。

ナイジェリア北東部で空軍機が避難民キャンプを誤爆し、避難民や援助関係者ら100人以上が死亡したとAP通信が伝えた。

そのニュースを受けて国際医療支援団体が同日、少なくとも52人が死亡し、120人が負傷したと発表、誤爆は「衝撃的で容認できない」と強く非難したほか、赤十字国際委員会もナイジェリア人の赤十字職員6人が死亡し、13人が負傷したと明らかにした。

 

新聞を読み終えた武藤が僕にその記事を見せながら「ひでぇな...」とつぶやく。

彼の真意は僕にはわからない。人道的な見地で本心から憤っているのか、普段から戦争反対を公言している彼の思想的な条件反射なのか。

わからないのは彼の真意だけではなかった。僕には遠い国の戦争犠牲者を想像することもできなければ、自分を取り巻く日常の出来事すら薄い膜を隔てた別世界でのことのようにしか感じられなくなっていた。こんな時どんな顔をすればいいのだろう。

 

自分がおかしいと感じ始めたのは夜眠ることができなくなってからだ。

連日の残業に休日出勤、帰宅後も仕事を引きずり興奮したままの脳では寝入りが悪く、やっと眠れたと思えば仕事の夢にうなされて夜も明けないうちに目が覚める。その後はどうやっても眠れずに朝を迎える日々。薬局で市販の睡眠改善薬を買ってきたが効果は全く感じられなかった。

 

大学を卒業して業界ではそこそこ名の知れた中堅の会社に就職した僕は、同期入社の中でも出世頭だった。地味な仕事を黙々とこなし、勤務態度を評価されて配属された毎日神経を削られるような厳しい仕事に不平も言わずに耐え、私生活と引き換えに会社に利益をもたらした。典型的な「社畜」ってやつだ。

人が嫌がるような仕事でも積極的に引き受け、ほとんどの時間を会社に捧げるように働き続けて成果を上げていく僕を影で揶揄する者も大勢いた。

「そうまでして稼ぎたいのかね」、「あんな社畜にはなりたくないよな」、「あいつ何が楽しくて生きているんだろう」。

僕は仕事に没頭すればするほど自分が認められていくのがうれしかったし、これといった趣味もなく仕事くらいしか自分を表現する方法を知らなかった。どんなに大変だとしても、会社への帰属意識が僕の励みとなり、仕事で評価されることが生き甲斐だった。

 

上司の勧めで見合い結婚をした。結婚しても相変わらず仕事優先で家庭を顧みることはほとんどなかった僕に5歳年下の妻はとても優しかった。

幸いなことに2人の子供にも恵まれ、会社の取引先の銀行で30年のローンを組み都内に快適なマンションも手に入れた。

家族には不自由を感じさせない人並み以上の生活をさせなければ。僕は益々必死で働いた。職位が上がるにつれて仕事は直接自分がこなせば済むものから、チームとして成果を出すよう管理をする役割へとシフトしていった。プレイヤーからプレイングマネージャーへと変わることに戸惑いながらもなんとか役割を果たしていった僕は、同期の中で最も早く課長となった。

自分で自分が誇らしく、家族や両親にも喜ばれて順風満帆な人生。

 

僕は社運をかけた新規事業を中心となって推進するため新たに設けられたセクションの課長となった。問題は最初から山積していた。

山積する問題に加えて、抜擢とも言える若い課長となった僕に対する社内での風当たりは想像以上に強かった。僕の慢心もあったのかもしれない。

僕に対する反発もあってか、関係するセクションの協力が思ったように得られない。そのために新規事業計画は難航していった。それならばもっと自分が頑張らなくてはと思い込み、独断専行しようとした僕は次第に孤立していった。

焦りから無茶な指示を出す僕に対して部下からも反発が起きた。

上司からは計画の進捗状況報告を常に求められ、関係セクションの協力は得られぬまま部下からはいつしか蔑まれていた。

それでも僕は誰にも助けを求めることができなかった。

僕の置かれた状況を見かねた同期の中には親切に忠告してくれる者もいた。時々新聞片手に昼食を誘いに来る武藤もそんな一人だった。社交的な彼との無駄話は僕の心を和らげてくれはしたが、自分がこれまでやってきた仕事に対するプライドが邪魔をして僕は彼の忠告さえも素直に受け入れることができなかった。

 

自分が頑張らなければ。もっと頑張らなければ。この程度の仕事の障害は何度も乗り越えてきた。もっともっと頑張れるはず。頑張らなければ......

気がつけば眠れなくなっていた。連日眠れないことで集中力や判断力も鈍り、周囲から見ても僕の様子は危うく見えていたのかもしれない。「課長、大丈夫ですか」と声をかけられることが増えた。そんな言葉すら自分への非難に聞こえた。

 

やがて毎朝出勤するのが苦痛になった。仕事に行こうとするとめまいがしてしゃがみこんでしまう。それでも家族をがっかりさせたくなかったので何も言えなかった。めまいや吐き気をこらえて出勤し、あまりの辛さにトイレの個室で泣いた。

そんな状態でも自分への会社の期待を裏切ることはできないと思っていた。

自分がやらなければ。もっと頑張らなければ......もっと頑張らなければと気ばかりが焦って空回りし、僕は失敗を繰り返しどんどん孤立を深めていった。

 

やがて僕は自分さえいなければ仕事が上手くいくのにと思い込むようになっていった。

消えてしまいたかった。仕事が進まないのは全て自分のせいだった。みんなに申し訳なかった。自分さえ消えてしまえば全て上手くいくのに。もう自分には何もできる気がしなかった。

僕の様子がただ事ではないと気づいたのか、普段は何も言わない妻に病院へ行くことを勧められた。自分が付き添うからと。

消えてしまいたい一心で自分の感情すらわからないくせに、その後に及んでも僕は妻にも子供たちにも弱くて惨めで情けない自分をさらけ出すことができなかった。

「今日、仕事を早退して病院に行ってくるから。一人で大丈夫だから...」と妻に告げて家を出た。

もうどうしたらいいのかわからなかった。

気がつくと最寄駅にいていつもの通勤電車がホームに滑り込んでくるところだった。僕はそのまま前のめりにホームから落ちた。

後ろで誰かの悲鳴が聞こえたような気がした。

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自殺者が22年ぶりに「低水準」となったという見出しの記事を読みながら、武藤は同期で最初に課長になったあいつのことを思い出していた。先日昼飯に誘った時の顔色の悪さ、目の虚ろさが尋常ではなかったからだ。今日の昼でももう一度誘って病院の受診を勧めてみるか。

昨年1年間の全国の自殺者は前年より2,261人少ない2万1,764人で、7年連続の減少となったことが警察庁の集計(速報値)でわかったと告げる記事を読みながら「それでも2万人超えかよ。ひでぇ国だな」と独り言をつぶやいた武藤の耳に駅のアナウンスが聞こえた。「ただいま入った情報によりますと◯◯駅において人身事故が発生し、現在救助活動を行なっているため上下線ともに運行を見合わせます。なお再開の見込みは......」

武藤は無意識に舌打ちをしていた。

周囲では通勤客の無数の舌打ち音とあからさまな不満をあらわす多くのため息が漏れていた。

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忙しいと、体力に余裕がなくなる→ジムへいかない。

旅行前は安静にした方がいい気がする→ジムへいかない。

旅行後、疲れが取れない→ジムへいかない。

風邪ひいた→休め!!!(ジムへ行かない)

ちょっと早く帰れて時間に余裕が出てきた→買い物へ行く(ジムいかな(ry

今は気分じゃない→ジムいか(ry

一度帰宅してゆっくりしてから行こう→もう家から出たくない(ジムい(ry

明日があるさ→ジム(ry

 

そんな紆余曲折を乗り越えて、ようやくジムへ。

ひさびさの運動は気持ちいい(*´ω`*)

足が暖かい気がするし。やっぱり冷えて血行不良になっていたんだね。

 

なんで今まで行かなかったんだろうと思うけど上記の言い訳の通り。

疲れている時に無理をすると本当に後に響くし。

ていうのも追加の言い訳。

 

体重計は絶叫マシーンにならずに済んだヨ!!!!!!

でも、真の戦いはこれから始まるんだよ!!!!!!!(*´ω`*)

 

<つづく>

K201 赤い龍 黄色い戦士 音6

 

 

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KIN201

『決して動じない姿勢は、天に任せる思考から。
 不変の中に真理を見出す。いつの時代にも「黄金律」は変わらない。』

 

(古代マヤ暦「13の音」シンクロ実践編 越川宗亮著)

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赤い龍のエネルギー/機運に従うことで生かされる

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今日は「赤い龍」のエネルギーが流れます。

キーワード「生命を育む」「生命を大切にする」「母性エネルギー」

慈愛の精神を大切にしましょう。

委ねることを意識しましょう。

「黄色い戦士の13日間」の6日目
音6の日。「平等な組織」キーワード「尊重」

マイペースに進みながらも周囲を尊重しましょう。

活発に動くことが大切です。


今日は動いた方がいい日です。人と会うこと、交流することを意識してみてください。チャレンジと愛をもって取り組んでみる。

新鮮なエネルギーを味方にして、育むように出会う人々と接していくと、コミュニケーションも活発化されそうです。

ただし、極度の無理は禁物!

考えてもまとまらないことは、人に相談すると、絞り込むことができます。 

やることをやったら、あとは委ねる姿勢が大切ですよ。


インラケッチ!今日も素晴らしい一日を♪

 

 

 

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この話、どうしたって重めのトーンになってしまうのですが、明るく話すのも難しいので、もう少しだけお付き合いくださいませ!

 

 

2度目の妊娠の確定診断から1週間後の10月19日頃からは、つわりらしきものも始まった。だるさと気持ち悪さがあり、さらに一日中眠い。

 

ちょうどこのとき、勤務する会社では大リストラがあり社内は揺れに揺れていた。しかしそんな大変な中でも、私の方は、2週間後の10月27日の診察で心拍を確認することができた。

病院で、ちっちゃなピクピクっと動く赤ちゃんの心拍を見て私が「良かった・・・!!」と安心し、喜んでいたその同じ日に、入社して1年も経っていない3人の子どもがいる30代の営業社員や、若い新婚の同僚などがクビを言い渡されていた。人生の光と陰が。

 

 

ちなみに、この心拍が確認できた日も、私は風邪で体調が悪かった。

身体がだるく、熱があるような感じのまま会社に電車で向かい、降りるはずだった駅も寝過ごした。

今思えば休めば良かったのに、何でそんなに私は会社に行きたかったのだろうか。忙しかったりアポがあったり会議があったりしたのだが、今思えば大した用事でもない。

 

 

次の診察は出産を希望する病院で、ということで、また紹介状をもらい、前回と同じ総合病院を2週間後に予約した。

 

どうか、今度は無事に育ってくれますように、と祈る日々。

 

 前回の心拍確認から2週間後の11月9日、会社を休んで総合病院へ診察に向かった。気分も穏やかで、悪いことは何も考えていなかった。

今回は新しい女の先生の部屋に通され、まず見てみましょうか、ということで診察。

超音波で見たところ、心拍が見えないという。

「角度により見えづらいということもあるから、来週もう一度来てください」と言われる。希望は捨てたくないけれど、あまり良い話では無いようだ。冷静に先生の話を聞いてはいたけれど、やはり落ち込む。順調だと思っていたし、2週間前には動いているのがかっきり見えたから。まさか止まることなんてあるの??と。

帰り道、「でも大丈夫、きっとがんばってくれる。」という希望と、「やっぱり私の想いが足りなくて、まだ私のもとには来てくれないんじゃないか、まだ色んな面で未熟だから、母親として失格だからじゃないか?」と自分を追い込む系のことを繰り返し、悶々と考えてしまう。

この診察の日の朝は、ふっと急につわりがなくなった気がして、ふつうに食事を食べられた。また翌日も、なんだか身体の調子がふつうに戻って来ているような感覚があった。

先週の身体のだるく重い感じとは、何かが違う。そのことも、生きようとするお腹の中からのサインが消えたことを表している気がして、一層不安に拍車をかけた。

 

実はちょうどこの週末(15日)に、ある資格試験の2次試験があったのだが、勉強も全く手つかずで受ける状態ではなく、その日の朝も起き上がる気力が無く、無断で欠席。受験料2万円は無駄に飛んで行った〜。

 

 翌日の通院で結果が分かるかと思うと怖くていたたまれない。お願いします、生きていてくれますように、と祈る。

 

11月16日、再度通院し、稽留流産の確定診断となる。

 

11月末頃。日が経つにつれ、すっかりつわりも胸の張りもなくなって、おなかに生きていたあの感覚、実感は一切なくなった。

 

11月30日、通院。診察してもらったが、赤ちゃんの成分は前回よりさらに小さくなっていて、次回はとけてしまうかもしれない、とのこと。

 

今回は、自然流産ではなく、手術をすることを決める。

クリスマス前に以前から予約していた沖縄旅行があり、ちょうど旅行と出血が重なると大変だということと、もう一つ、「染色体検査」をするためには手術をして、胎児の成分を清潔な状態で採取する必要があることが理由だった。

 

流産の原因で最も頻度の高いものは、母体側の理由ではなく、赤ちゃん(胎児)の染色体異常で約80%に存在する。一般に流産は妊娠の約15%に起こり、流産の80%は赤ちゃんの染色体異常を合併しており、自然淘汰ととらえることができるそうだ。*

*不育症研究について/不育症研究-不育症治療に関する再評価と新たなる治療法の開発に関する研究-

赤ちゃん側の染色体異常があったのか無かったのか、調べることができるのであれば検査しておきたかった。

ただし検査しても染色体異常がない場合もあり、検査を受けたからといって流産の原因が確実に分かるわけでは無いが、それでも何らかの情報を得られるのであればやれることはやっておこう、ということで染色体検査を受けることを決め、手術の日を12月9日に予約した。