今後も追記や編集の予定あり。

靖国に戦争犯罪人は合祀されていない

*サンフランシスコ講和条約第11条第2項要旨*

  • 極東軍事裁判を行った国の過半数の同意を得た場合“戦犯”を赦免できる】
日本国政府は同条約の手続きに基づき、

昭和28
(1953)年8月:国会で“戦犯”の免責を決議
衆議院本会議では社会党、共産党を含む全会一致
昭和31(
1956)年3月:A級戦犯”全員が赦免・釈放
昭和33
1958)5月:“B級、C級戦犯全員が赦免・釈放

刑罰が終了した時点で受刑者の罪は消滅するというのが近代法の理念。
赦免・釈放をもって
戦犯の名誉は国際的にも回復されたとみなされる。
合祀は厚生省が提出した名簿に基づくもの
(名簿は国会の決議や諸外国の承認を踏まえて作成されたもの)。靖国神社がA級戦犯を『戦争による公務死亡者』として合祀した事は、法律に基づき、行政の通知に従って実行したもの。
※戦犯判決は、国際法上、他国が行なう事は出来ないので、国内での判断・判決が優先される

戦犯の赦免に関する決議
衆議院本会議(昭和28年8月3日)〈決議文〉


8月15日9度目の終戦記念日を迎えんとする今日、しかも独立後すでに15箇月を経過したが、国民の悲願である戦争犯罪による受刑者の全面赦免を見るに至らないことは、もはや国民の感情に堪えがたいものがあり、国際友好の上より誠に遺憾とするところである。

しかしながら講和条約発効以来戦犯処理の推移を顧みるに、中国は昨年8月日華条約発効と同時に全員赦免を断行し、フランスは本年六月初めに大減刑を実行して ほとんど全員を釈放し、次いで今回フィリピン共和国はキリノ大統領の英断によって、去る22日朝横浜ふ頭に全員を迎え得たことは、同慶の至りである。且又、来る8月8日には濠州マヌス島より165名全部を迎えることは衷心欣快に堪えないと同時に濠州政府に対して深甚の謝意を表するものである。

かくて戦犯問題解決の途上に横たわっていた最大の障害が完全に取り除かれ、事態は最終段階に突入したものと認められる秋に際会したので、この機を逸することなく、この際友好適切な処置が講じられなければ受刑者の心境は憂慮すべき事態に立ち至るやも計りがたきを憂えるものである。われわれは、この際関係各国に対して、わが国の完全独立のためにも、将又世界平和、国際親交のためにも、すみやかに問題の全面的解決を計るべきことを喫緊の要事と確信するものである。よって政府は、全面赦免の実施を促進するため、強力にして適切且つ急速な措置を要望する。

右決議する。

これによって全会一致(社会党、共産党含む)で戦犯の赦免を求める決議が可決された。
A級戦犯として有罪判決を受け禁固7年とされた重光葵は、日本が独立後、刑期を残して赦免され、その後、衆議院議員に3回当選し、昭和29年に鳩山内閣の副首相と外務大臣となり、日ソ国交回復交渉や国連加盟交渉に取り組み、国連加盟も成し遂げた。
昭和31年12月18日、連合国軍組織を引き継いだ国際連合(※日本に対する『敵国条項』が今でも存在する)の総会で、重光は演説を行い喝采を浴びた

戦争犯罪人が、国連の場で演説し喝采まで浴びるだろうか?

彼は、公職引退後(死後)、勲一等まで授与されている
(※前科のある者に勲章の授与は無い)

また、戦犯として終身刑を受けた賀屋興宣は恩赦後、衆議院議員に5回当選し、池田内閣の法務大臣を務め、公職から引退後に叙勲を打診されたが辞退した。

A級戦犯被疑者だった岸信介は、内閣総理大臣にまでなった。

戦犯のA級、B級、C級は罪の重さ・軽さではなく、罪の種類

※(イ)(ロ)(ハ)の英訳で「A」「B」「C」があてがわれただけ

A級:戦争指導者
B級:捕虜の虐待、民間人殺害、国際法違反(対象が敵国民・敵兵)
C級:非人道行為者(それ以外の国民の虐待・殺害)


A級、C級戦犯については事後法
東京裁判が行われるまでは存在しなかった法律で裁かれた。
それは明らかに『法の不遡及の原則』に反している。
法の不遡及とは、実行時に合法であった行為を、事後に定めた法令によって遡って違法として処罰することを禁止する、大陸法系近代刑法における原則。事後法の禁止、遡及処罰の禁止、法律不遡及の原則ともいう。


中国や韓国・北朝鮮は戦犯に関して発言資格はない

*サンフランシスコ講和条約第25条*

  • 【本条約の適用上、連合国とは、日本国と戦争していた国又は以前に第23条に列記する国の領域の一部をなしていたものをいう。ただし、各場合に当該国がこの条約に署名し且つこれを批准したことを条件とする。
    第21条の規定を留保して、この条約は、ここに定義された連合国の一国でないいずれの国に対しても、いかなる権利、権原又は利益も与えるものではない。
    また本条約のいかなる規定によっても、前記のとおり定義された連合国の一国でない国の利益のために日本のいかなる権利、権原又は利益も、減損され、又は害されるものと見なしてはならない】
第23条に列挙された『連合国』には、中華民国・中華人民共和国、大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国などは含まれない。
つまり第11条で認めた“戦犯”とは、同条約に署名、批准した連合国と日本との間でのみ有効な法的取り決めであり、同条約に署名も批准もしていない中国や韓国・北朝鮮などは、“戦犯”問題について一切の発言権を持たない

靖国神社に公式参拝している国は世界各国多数

長いので分けます。下記の青文字をクリックすると別に作成した知恵ノートに飛びます。
【外国要人による靖国神社参拝】靖国神社に参拝した事がある国々【1945~2005】


靖国神社参拝が批判されるようになったのは朝日新聞が批判してから

青字=批判・抗議なし 赤字=批判・抗議あり

福田赳夫
1977年4月21日、1978年4月21日、1978年8月15日、1978年10月17日(A戦犯合祀される)、
1978年10月18日


大平正芳
1979年4月21日(A戦犯合祀判明)、1979年10月18日、1980年4月21日

中曽根康弘
1983年4月21日、1983年8月15日、1983年10月18日、1984年1月5日、
1984年4月21日、1984年8月15日、1984年10月18日、1985年4月22日、

1985年8月7日【朝日新聞が参拝を批判】、1985年8月15日【中国の新華社通信が参拝を批判】

~天安門事件 (1989年)~

橋本龍太郎
1996年【中国抗議】

小泉純一郎
2001年【中国・韓国抗議】、2002年3月(韓国駐在武官参拝)、2002年4月21日【中国・韓国抗議】、
2003年【中国・韓国抗議】、2004年1月1日【中国・韓国抗議】、2005年10月17日【中国・韓国抗議】

航空自衛隊南西航空混成団司令を務めた佐藤守元空将
A:「首相が参拝したらどうなる?」
駐日中国大使館元書記官
Q:「まあ、朝日新聞が騒ぐから、一緒になって批判しますが、それで終わりですよ」
(2013.12.27配信記事より【魚拓はこちら】)


ついでに天安門事件後の中国共産党の反日方針転換について、興味深い記事をご紹介。
→SAPIO2006年12月13日号中国の洗脳教育の実態(一応魚拓

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