「幽霊が存在することを証明せよ」「幽霊が存在しないこと証明せよ」

 

このどちらかが、証明されれば…

 

「幽霊の存在議論」について決着がつきます。

 

そのことについて考える前に、「存在・非存在の証明」について考える必要があります。

この「存在・非存在の証明」は、対象が幽霊であるから特別難しいのではありません。

「存在・非存在の証明」自体そのものが根幹的問題として極めて難しいものです。

 

「存在・非存在の証明」問題

例えば、「自分が存在していることを証明せよ」

という問いがあるとしましょう。おそらく、多くの方はデカルトの有名なあの言葉

「我思う、ゆえに我あり」

と答えるのではないでしょうか?

 

確かに、今、この瞬間、疑っている自分を否定してしまうと一体何だ?

ということになりますが、実はこれでは「自分の存在を証明した」と

結論付けることはできません。不十分です。

 

デカルトの存在証明を否定した有名な人物がいます。

倫理を勉強したことがある方なら、すぐにある人物が思い浮かぶと思います。

この「我思う、ゆえに我あり」と唱えたデカルトに反論したのが、

パスカルです。「人は考える葦である」で彼も有名ですよね。

どう反論したかというと

 

「自分が存在しているということは、他者から認識されていること」

と唱えたわけです。つまり、他者から認識されていなければ存在しないも同然

というわけです。このことは、いじめで代表される〈他者からの存在無視〉

あります。

※しかし、彼の主張にも欠点(弱点)があります。

 

 

「〇〇が存在することを証明せよ」「〇〇が存在しないことを証明せよ」

〇〇に当てはまるものは、何でもいいわけです。

では、存在するといえるためにはどこまで、答える必要があるのでしょう?

それは、質問相手が納得するまで果てしないでしょうね。

 

抽象的なことを理屈・数字で証明するのは、はっきり言えば無茶な注文です。

「存在しているものを証明する必要はない」

「存在しないものを証明する必要はない」

という考え方も出ます。

※疑いようのない既知事実は証明(議論)する余地がないためです。

  

「幽霊という抽象命題」の問題

ただでさえ、存在の証明だけでも極めて難しい問題なのに、今回の場合は

そこへ『幽霊』という要素が絡んできます。

 

私が、この話にツッコミを入れさせていただくと、

そもそも、抽象的すぎるものを対象に命題提議することは無理があるといえます。

命題自体が定義されていないという欠陥があるためです。

もっといえば、証明する命題と証明過程の区別がない。

 

今回の幽霊の場合もそうですが…

『幽霊は何をもって、幽霊と呼ぶのか?』ということです。

この定義は、当然わかりません。

だって、その幽霊・心霊現象の存在及び境界を議論しているのですから。

※議論する以前に命題提議が破綻しているため、ぶっちゃけ議論不可能というわけです。

 

 

数学の証明問題ならば、少なくとも証明することができます。

(ミレニアム問題などは、除きますが…)

それは数字上・理論上の話で済むからです。

 

…ところで、数学の証明問題では

「〇〇となることを証明せよ」「〇〇が存在することを証明せよ」という問題の方が

「〇〇とならないことを証明せよ」「〇〇が存在しないことを証明せよ」という問題より

簡単と感じる人が多いと思います。

 

「〇〇とならないことを証明せよ」を証明するには

「〇〇となる」と仮定して、その計算結果が仮定と異なる答えになることを示す必要があります。つまり、『仮定は間違っている→ゆえに、〇〇とならない』という証明方法です。

※直接証明することが難しい問題を反対の視点から調べて、答えを導く方法を背理法と呼びます。

 

 

 

《ここからは、一応、話を進めるために

先に記した『命題提議に関する問題』を除いて考えるとしましょう》

 

上で挙げた数学的考えに基づき私は「幽霊は存在しない」と考えます。

背理法です。(厳密には違います。背理法的証明です。)

「幽霊は存在しない」という証明を直接、しようとすれば難しいわけです。

その逆ならば、ある程度、存在議論に終わりを付けることができます。

つまり…

 

『幽霊が存在する』ということを仮定とします。そして、

次々出てくる幽霊は存在するという主張を、

科学で否定し続けていくというこという方法で

『幽霊は存在しない』ということが一応、間接的に証明されます。

幽霊・心霊現象に関する否定証明を全てすることは不可能という意見があるかもしれませんが、そうとも限らないのです。

 

なぜなら、幽霊を見える、見たという体験者の主観的な場合を除いた場合、

心霊現象に焦点をあてることになりますが、心霊現象のパターンが決まっている

ケースが多いからです。共通性がある心霊現象に対しての否定証明の場合、

どれかひとつ証明すればいいわけです。 

※実際、「金縛り」に関しては科学的に原因が証明されました。

※※厳密にいえば「心霊現象=幽霊」ということにはなりません。

 

以上の理由から、幽霊は存在しません。

私は個人的に、そう考えます。

※幽霊が見える、見たという体験は、残念ながら幽霊が存在するというそのままの証明になりません。客観性に欠けるからです。証明とは再現性がなければなりません。

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